今宵は2021年を思い出してオススメ映画をご紹介します。
Side Bのつづき
映画 「すばらしき世界」 生きづらくても。
監督・脚本:西川美和
原案:佐木隆三『身分帳』
〈Story〉
旭川刑務所で刑期を満了した三上は東京へ向かっていた。
身元請負人の弁護士・庄司宅で優しく迎え入れられる。
三上は母親の顔を知らないまま施設で生きてきた。出所後、母親を探してもらうため自身の「身分帳」をテレビ番組の人探しの製作へ送ると、プロデューサーの吉澤が元スタッフの津乃田へテレビ企画として取材をさせる。津乃田は三上の経歴や犯罪歴などが細やかに書かれた「身分帳」を読み、三上に恐ろしいイメージを抱く。
三上は出所後体調を崩して入院し、津乃田が見舞いにいく。この日から津乃田はカメラを回し始める。
退院後、三上は庄司と共に生活保護の申請をするが過去が邪魔をする。
働きたいのに職がなく、運転免許も受刑の間に失効。運転免許試験は不合格となる。
三上は吉澤と津乃田と焼肉へ行き、帰り道、不良に絡まれているサラリーマンを発見。三上は見て見ぬふりができず、不良をたたき伏せる。津乃田は吉澤からの指示でカメラを回すが、あまりにも乱暴な三上を撮り続けることができなかった。
西川美和監督。是枝監督の愛弟子ですね。
この作品には是枝イズムが流れているわけですね。
是枝監督の映画作家の思想を血脈として継いでいるのかな。是枝監督は西川美和監督に制作中も、何気にアドバイスをしていてね。西川監督はオリジナルの作家です。脚本を自分で書く作品が多いんですよ。「ディア・ドクター(2009)」とかね。
でも「すばらしき世界」は佐木隆三の原作です。緒形拳主演の「復讐するは我にあり(1979)」の原作者です。
佐木隆三は実際に起きた事件を取材するノンフィクション作家です。「復讐するは我にあり」だと殺人を続けながら逃げる連続殺人犯の物語です。(戦後最悪の連続殺人:西口事件)
「すばらしき世界」のモデルとなった人(実話では田村)が佐木隆三に自分の話を小説にしてほしいというアプローチがあって、佐木が小説「身分帳」を書く。(1990年)
絶版になって文庫化の話が出始めた時に、西川監督が映画化に踏み切る。
原作は古い作品なんですね。映画の時代設定は現在ですか?
小説は80年代後半かな。
役所広司が三上という人を演じています。
この作品は「母性の喪失」なんです。三上は子供の頃にお母さんに捨てられて、お母さんの影を追い求めている。
そういう幼少期だったので、大人にならない粗暴な少年のまま。
殺人を犯したのは、店に暴れ込んできた暴力団の一人を咄嗟に刺し殺してしまって、納得できないまま服役。出所後は弁護士が身元引受人になって、東京で一人暮らしを始める。
お母さんを探したいので、テレビ局に「身分帳」を送るんです。「身分帳」というのは刑務所に入った時に、その人の成り立ちや犯罪歴や家族関係を記録した書類だそうです。プロデューサーの吉澤(長澤まさみ)が面白いネタがきたと目をつけて、津乃田(仲野太賀)を連れて三上に取材をしていく。
仲野太賀のビビリ具合が名演技。殺人1件、前科10犯で、調べるほど三上は怖い存在に思える。
刑務所の中で職業訓練はあるけれど出てくると仕事がなくて、職安に行っても、職に就けない。
「車の免許もないのか」
教習所に通っても、免許が取れない。
そんな時、アベックが悪そうな連中に絡まれているところに遭遇する。三上はすぐにその連中をやっつけてしまう。
吉澤は津乃田に
「早くカメラ回さないとあかん」
津乃田はびびってしまって、カメラを回せられない。
「カメラも回さない。暴力も止められない。何にもできないのか」
と叱責される。
津乃田の視点が観客と作品の間の踏み石になっています。
三上とアベックの間でそれがきっかけで何かあるんですか?
ここは三上のすぐに沸点に達する少年の怒りと正義が表現されるシーンです。
僕がいいなと思うのは、「母性」に触れる瞬間があるんですよ。
東京で何やってもうまくいかなくて、お母さん探しもテレビの餌にされてしまうし、お金も稼げないので、福岡に帰って親分の元に身を置く。
足を洗ったわけじゃないんですか。
足を洗っているのは親分も分かっているけど昔なじみなので。
というときに、その組に警察の手入れが入るんです。親分の奥さんが三上にお金を用意して、
「これを持って逃げなさい。堅気で何とかやっていけられたら、青空の下で暮らせるんだから。それだけで素晴らしいことなんや」
と逃がしてくれる。それがね三上が母性に触れる瞬間で、東京に戻ってから好転するんですよ。
最初の方で万引きを疑われたりしたこともあるんですけどね。そこの店長が三上に
「君に合う仕事だから、老人ホームの介護をやってみたら。免許もいらないし」
と紹介してくれて施設で働きだす。
やっと職に就けて、日々仕事ができるようになった時に、同じ施設で少し頭の弱い青年が働いていて、仲間からいじめられているのを目撃してしまうんですよ。
今までの三上だったらすぐやっつけに行くんだけども、ぐっとこらえて見ないふりする。そういう自分に耐えられなくなって、しゃがみ込んでしまう。
青年は花壇の世話をしている。施設の中でいろんな陰口悪口を言われているのを三上は見ないふりして我慢している。
帰ろうとしたときに、青年がどうぞって秋桜の花をくれる。
秋桜をもらった帰り道、三上はたまらなくなってくる。嵐が近づいている。心境を景色に語らせる、まるでヘミングウェイの世界観です。
心温まるヒューマンドラマかと思っていたんですけど。
親分の奥さんに逃がしてもらってから、我慢を覚えて、大人になっていく。
社会は我慢とのせめぎ合いだけどね。三上は自分の不実感に苦しむ。
悪人ではないんですね。
言葉も荒いし、すぐに手を出す。それは自分の中の正義があるから。
お父さんは出てこない?
出てこないです。お父さんの顔も知らないまま、お母さんに捨てられる。
ストーリーの類型は「母捜し」もある。「母をたずねて三千里」のマルコ・ロッシみたいな。
北海道から福岡まで。
または、長谷川伸の「瞼の母」。舞台劇ですけどね。ヤクザの身でお母さんを探す時代劇。そういうストーリーの型ってありますね。
そういう親子物に夕暮れさんは弱いですか?
いろんなものに弱いけどね。
夕暮れさんの選定した「ラストフルメジャー」「すべてが変わった日」と、この作品、どれも「母性」がテーマになっている。
そうかもしれない。それは気がつかなかった。
「すばらしき世界」が2021年の一位っていう人もいるしね。
是枝監督はいろんなスタイルの家族の形を描いて家族の本質を問う。西川監督は崩れていった家族かな。形は歪んでいても家族の理想を是枝監督が描くとしたら、家族としての不足を西川美和監督が描いているのかな。
Eくん
年間 120本以上を劇場で鑑賞する豪傑。「ジュラシック・ワールド」とポール・バーホーヘン監督「ロボコップ(1987)」で映画に目覚める。期待の若者。
サポさん
「ボヘミアン・ラプソディ」は10回以上鑑賞。そして、「ドラゴン×マッハ!」もお気に入り。主に洋画とアジアアクション映画に照準を合わせて、今日もシネマを巡る。
キネ娘さん
卒業論文のために映画の観客について研究したことも。ハートフルな作品からホラーまで守備範囲が広い。グレーテスト・シネマ・ウーマンである。
検分役
映画と映画音楽マニア。所有サントラは2000タイトルまで数えたが、以後更新中。洋画は『ブルーベルベット』(86)を劇場で10回。邦画は『ひとくず』(19)を劇場で80回。好きな映画はとことん追う。
夕暮係
小3の年に「黒ひげ大旋風(1968)」で、劇場デビュー。照明が消え、気分が悪くなり退場。初鑑賞は約3分。忘却名人の昔人。
夕暮係編/2021年公開オススメランキング
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No.1「ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実」
No.2「すべてが変わった日」
No.3「すばらしき世界」
No.4「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」
No.5「Mr.ノーバディ」
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映画 「KCIA 南山の部長たち」 大韓民国のエスピオナージュ。
監督:ウ・ミンホ
脚本:ウ・ミンホ、イ・ジミン
原作:キム・チュンシク
〈Story〉
1970年代、大韓民国中央情報部はパク大統領は直属の諜報機関であり、KCIAと呼ばれていた。
1979年10月26日、パク大統領はKCIAのトップであるキム・ギュピョン部長の手によって射殺される。
事件発生40日前、元KCIA部長パク・ヨンガクはアメリカに亡命し、米政界への工作事件「コリアゲート」について下院議会聴聞会で、パク大統領の腐敗を告発する。
パク大統領はキム部長をアメリカに派遣し、パク元部長の回顧録が出版されないように工作。
キム部長はパク元部長から「イアーゴ」という男が大統領の真の右腕であることを聞く。
韓国映画です。44年前の時代設定で実際にあった事件(1979年の朴正煕暗殺事件)が元です。
イ・ビョンホン演じる主人公キム・ギュピョンがKCIAの部長。KCIAは韓国の大統領に従事しているスパイ組織。
コリアのCIA。(Korean Central Intelligence Agency)
大統領を悪く言う人を見つけては痛い目に合わせる。その大統領に仕えているキムが、最終的には自分の手で大統領を殺しちゃう。そうなった過程を描いている。
スパイ映画の好きな人にはたまらない。スパイ映画でもジェームズ・ボンド系じゃない。
ジョン・ル・カレの方ですか?
そうそう、寒い国から来た方ね。(「寒い国から帰ってきたスパイ」が代表作)
みんな政治的な戦略。駆け引きをする。アメリカと通じていたりね。
アメリカに亡命したキムの元同僚が大統領の悪事を公表しようとするのを阻止する為にキムがアメリカへ行って説得する。
元々大統領と仲が良くて、主人公が共に韓国を変えていこうと志してたんやけど、その大統領が独裁政権に走って、キムは疲弊していく。
権力を持っている人同士の駆け引きが面白かった。キムが盗聴に行くシーンも緊張感があった。
キムも大統領からよく思われてなくて殺されそうになるのをたまたま盗聴で知るのが暗殺の引き金になる。
最後の大統領暗殺シーンはワンカットで撮られています。
大統領と一緒の食事会に呼ばれている時に銃を出して撃とうとする、慣れていないから弾が詰まってなかなか撃てなくて、撃った後も大統領が流した血ですべって転ぶのがワンカットで描かれている。
大統領を殺しても、別の組織の人が次の大統領になって、独裁政権が続いていく。この後20年間ぐらいは、政権交代は軍事クーデター。大統領直接選挙制は1987年から。
選挙制になってからも、前の大統領は裁判にかけられるよね。(チョン・ドゥファンは無期懲役、ノ・テウは懲役17年、ノ・ムヒョンは検察聴取後に自殺、イ・ミョンバクは懲役17年、パク・クネは懲役20年)
韓国のこういう政治ドラマが生々しく描かれているのが面白くて、他にも「キングメーカー 大統領を作った男(2022)」や、「タクシー運転手 約束は海を越えて(2018)」も実際に韓国で起きた事件でした。
Eくん編/2021年公開オススメランキング
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「最後の決闘裁判」
「キャンディマン」
「由宇子の天秤」
「KCIA 南山の部長たち」
「THE MOLE (ザ・モール)」
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順位はなし
映画 「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」 007の生きざまを見る。
監督:キャリー・ジョージ・フクナガ
脚本:ニール・パーヴィス、ロバート・ウェイド、キャリー・ジョージ・フクナガ、フィービー・ウォーラー=ブリッジ
原作:イアン・フレミング
〈Story〉
幼少期のマドレーヌはノルウェーの自宅で、「能面の男」によって襲撃され、マドレーヌの母親は殺害される。マドレーヌの父親は「スペクター」の一員で、かつて男の家族が殺害されていた。マドレーヌは結氷湖を逃げようとし氷が割れて水中へ転落するが、男は彼女を救う。
現役を退いたボンドとマドレーヌはイタリア・マテーラで平穏な生活を送っていた。ボンドはかつて愛したヴェスパー・リンドの墓を訪れたが、直後に墓が爆発しボンドはダメージを負う。「スペクター」の元首領ブロフェルドからの電話でマドレーヌの裏切りを疑い彼女と決別する。
5年後、ボンドはジャマイカでひとり日々を過ごしていた。ある日、彼のもとを旧友であるCIAエージェントのフィリックス・ライターがアメリカ国務省のローガン・アッシュを伴って訪れ、研究所から誘拐されたロシア出身の細菌学者ヴァルド・オブルチェフを救い出して欲しいと依頼するが、ボンドはそれを断る。
ボンドは現地の女性ノーミと知り合い彼女はボンドに「私が今の007だ」と明かす。
「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」がこの終わり方しかないっていうのは、ある意味「すべてが変わった日」と一緒ですよ。
言われてみれば、家族のエッセンスが今までの作品にはなかった。
だから最初のシーンと最後のシーンが繋がっていく。真ん中はアクションドラマです。ロケ地のバランスが好きですね。
最初はイタリアから始まるんですよ。ボンドは引退してイタリアでマドレーヌとゆっくり過ごしている。その場所には一番愛していた女性(「007 カジノ・ロワイヤル(2006)」でベニスで死亡したヴェスパー)のお墓があるんですよ。
ボンドが一人でそこへお墓参りをし、ボンドの敵はここに来ることが分かっているので墓を爆発しちゃうんですよ。そこから襲撃が始まって、カーチェイスに展開する。イタリアのいい場所を使っています。
その襲撃にマドレーヌが関わっていると思って、別れちゃうんですよね。
マドレーヌはボンドと敵対している組織と関わっていた。
アクションのお話としては、ウイルス兵器が研究所から盗まれて研究者も誘拐される事件が起きる。
そのウイルスは狙った遺伝子を殺せるっていう殺人兵器なんです。
特定の個人だけ殺せるように設定しておけば、周りの人は無害だけど、狙った人だけ死ぬ。
次にボンドがジャマイカの島にいる。そこが原作者イアン・フレミングの別荘があった所。イアン・フレミングがそこで007シリーズを執筆していた。
一作目の「007は殺しの番号(1962)」と同じ舞台で話題になりました。
そこへ、CIAがウイルス盗難事件解決の依頼に来るんです。
ボンドのCIAの友人が助けを求めてくる。
そこではすぐに断ったけど、次にMI6のジャマイカ系の女性のエージェント(ラシャーナ・リンチ)が現れる。この事件にはMが関わっているかもしれないという話をする。
Mはボンドの元上司。
そしてボンドが動き出す。その研究者を探しにキューバへ行く。
キューバも雰囲気がいいんですけど、映画はキューバで撮影できなかったんですよね。街をまるごと、ロンドンとジャマイカに再現した。
ここではボンドと敵対する組織スペクターの元首領のブロフェルドの誕生日パーティーに潜入する。
ブロフェルドはダニエル・クレイグのシリーズでは、ボンドの義理のお兄さんでしたよね。
ここでも絶体絶命の危機に陥るけども、助かるんですよ。
研究者も見つけて、ボートで脱出して沖の船に乗り込む。ところが、もう一人のCIAが裏切って研究者をさらって、船を沈めてしまうんです。ボンドの友人が船とともに沈んでいく。ボンドは何とか脱出する。
そこからロンドンに戻ってくるけど、MI6には自分の居場所がないんですよ。
007というコードナンバーは、他の人が襲名している。黒人の女の人が次の007。
敵のアジトがどこにあるかっていうのが分かる。それがロシアと日本の間にある島。
ボンドがそこへ乗り込んでいく。
アジトには畳が敷いてある。能面をかぶっているし、日本テイストになっている。
悪役も作務衣を着て丹前を羽織っている。
本作の悪役サフィンがラミ・マレックで、「ボヘミアン・ラプソディ(2018)」のフレディ・マーキュリー役だった人。
サフィンが科学者を誘拐してウイルス兵器を手にする。
最初のシーンで付き合っていたマドレーヌと彼女が連れていた娘もサフィンが連れ去って、島に潜伏した。サフィンはこのシリーズで突然出てきましたね。
サフィンはスペクターの組織と因縁関係があって敵対している。
今までスペクターがボンドの最大の敵だったのが、さらに強敵が登場する。
スペクターの扱いはぞんざいですよね。この作品の敵ではないんだよね。
これまでの007の系譜を崩している?
ダニエル・クレイグはこれで最後ですね。
ダニエル・クレイグや、イアン・フレミングへのリスペクトがあって、愛を感じます。
アクションの中の一瞬に、ダニエル・クレイグの魅せるカットがある。
ウイルステロを阻止できるのか? マドレーヌが連れていた娘は何者か? という物語。
検分役の音楽噺 ♪
長年007ファンの僕としても、ふれずにおれない『~ノー・タイム・トゥ・ダイ』。
ファンの間で賛否両論巻き起こった作品でしたが、それはさておき。
映画音楽ファンの僕としては、新作が作られる度に注目するのは主題歌を誰が唄うか、ではなく、
スコア(劇伴)を誰が担当するか、なのです。
シリーズのスコアの功労者、ジョン・バリー亡き後そのテイストを受け継いだデヴィッド・アーノルドが
18作『~トゥモロー・ネバー・ダイ』~22作『~慰めの報酬』まで、見事なスコアを披露していましたが、
23作『~スカイフォール』、24作『~スペクター』で監督がサム・メンデスになり、スコア担当も彼の盟友トーマス・ニューマンに。
アクション映画のイメージとは結び付かない作曲家でしたが、そつなくこなしていたと思います。
そして、25作目の『~ノー・タイム・トゥ・ダイ』で監督はキャリー・フクナガに変わり、
スコア担当は当初ダン・ローマー(日本では『ハシュパピー~バスタブ島の少女』(12)が有名か)と発表がありましたが、
え、誰? みたいな印象が。
その後、蓋を開けてみればハリウッドで大活躍のハンス・ヅィマーがスコア担当となっていました。
このハンス・ヅィマー、じつは個人的にはいささか抵抗のある人でして。
彼は作曲家集団「リモート・コントロール」の親方で、ベテランから新人まで多くの作曲家を抱えています。
たとえば、自分が主旋律を書いて、あとは自分の弟子に残りを担当させる。
もしくは、弟子が書いたスコアを自分のクレジットで発表する。まるで、朝ドラ『らんまん』の田邊教授みたいな(笑)
なので、当然仕事が早いので、監督やプロデューサーからのオファーも殺到するので、
最近のハリウッド映画の音楽担当は、ほとんどこの「リモート・コントロール」のメンバーなのが現状です。
ちなみに、彼らが担当した作品のエンドクレジットを見れば、「追加音楽」として多くの作曲家の名前が挙がっています。
『~ノー・タイム・トゥ・ダイ』でもスティーヴ・マツァーロの名前が(このコンビは『ボス・ベイビー』(17)も同様)。
ということは、全体のどの部分をヅィマーが担当し、どの部分を弟子が担当したのか詳細はわかりません。
でも、これが彼の仕事のやりかたなのです。
分業制にすることで、先に触れたように仕事は早い。
でも、こうなると作曲家としての個性を考えた時に疑問が残ります。
若い作曲家はデビューのチャンスもある。でも、個性は薄められてしまわざるを得ない。
実際、リモート・コントロール所属の作曲家が担当している作品って、どれもがヅィマー風だなぁ、
と感じられる要因はそこにあるのです。
なお、未見の方もおられるので詳細は避けますが、オープニングとエンディングに、
007シリーズのファンなら思わずハッとする(僕は泣きました)ナンバーが流れてきます。
でも、あのアイデアは、ヅィマーじゃないだろうな(笑)
「由宇子の天秤」 人生は天秤選び。
監督:春本雄二郎
脚本:春本雄二郎
〈Story〉
ディレクターの木下由宇子は、3年前に起きた女子高校生自殺事件のドキュメンタリー番組を制作していた。
女子高校生はいじめ被害を訴えていたが、学校側は「女子高生が教員と交際している」という理由から女子高生を退学にした。その翌日、女子高生は自殺。
女子高生とその家族、交際を噂される教師や家族にまで誹謗中傷や憶測が様々なメディア上で飛び交うようになる。交際を噂された教師も「学校側のねつ造であり、女子生徒と交際したことはない」という遺書を残し自殺する。
由宇子は女子高生の遺族、教師の遺族、学校、それぞれの主張や事実の認識の食い違いを鮮明にすることで、どこで事実が歪められて行ったのかを炙り出そうとする。
教師の母と姉に取材する中で社会の糾弾から身を隠して暮らさねばならない遺族の実情を目の当たりにする。
由宇子の父が経営する学習塾では女子生徒が教室で嘔吐し、由宇子は彼女の妊娠と相手が由宇子の父であることを知らされる。彼女は由宇子に誰にもバレたくないと懇願する。
由宇子は、自身の正義感、倫理観、塾や生徒たち、自分の仕事、それぞれを天秤にかけなくてはならない困難な状況に直面する。
「最後の決闘裁判(2021)」と同じ日に見た作品がもう一つあって、それが「由宇子の天秤」という日本映画です。
これは、生々しくて難しいテーマ。
主人公の木下由宇子がテレビ番組の制作会社スタッフでドキュメンタリー番組を作っているんです。二つの出来事が描かれていて、一つは女子高校生がいじめを苦に自殺してしまった事件。学校側はいじめはなかった、教師と付き合っていて、痴情のもつれで自殺したと言い張っていて、女子高生の遺族と意見が食い違っている。その真相を追ってドキュメンタリー番組を作っている。
もう一つの出来事は、由宇子のお父さんが、個人塾を経営していて、その個人塾に通っている女子高生のある事件。
ドキュメンタリー番組を作っていて、第三者の視点で事件を追っていた由宇子が別の事件に関わって、取材対象になっちゃうわけです。今までは真実を報道しようとしていたけど、当事者になると世間に公表したら自分も家族も塾の生徒も制作会社の人にも迷惑をかけてしまうので、隠し通そうとする。
天秤の片方は由宇子さんの当事者としての暴露、片方は最初に追いかけていた事件?
それもあります。いろんなとこに天秤があるんですよね。いじめ事件と由宇子が巻き込まれる事件は関係ないんですけど、いじめ事件がきっかけで、由宇子の心情が変わっていく。
事件は公表したいけど、由宇子が当事者になったら、そうは思わなくなる。
いじめの事件の真実を追い求めて取材していたけど、最後に報道内容がひっくり返るような衝撃の事実が明かされたりして、何が本当で何が嘘か分かんなくなってくる。
おもしろそうです。
報道がテーマ?
それもありますね。いじめ事件は女子高生と付き合っていたと噂をされている男性教諭もショックで自殺しちゃう。
事実かどうかも分かんないのにみんなが話を広げて彼を追い詰めていく。
重たい話だなぁ。
「Mr.ノーバディ」 そして何者。
監督:イリヤ・ナイシュラー
脚本:デレク・コルスタッド
〈Story〉
妻と2人の子供を持つハッチ・マンセルは郊外の自宅と職場を路線バスで往復する単調な生活を過ごしている。
ある夜、家に2人組の強盗が入る。マンセルは反撃するチャンスがあったが無抵抗で見逃し、息子から失望される。
翌日、娘の盗まれたブレスレットを取り返そうと元FBI捜査官であった父の捜査官バッジを使って、犯人の住居を突き止める。犯人夫婦に銃を突きつけるが、酸素吸入器をつけた乳児を見てそのまま立ち去る。
帰りのバスに酔っ払ったロシア人のチンピラ連中が乗り込んでくる。彼らに絡まれた若い女性客を助けるため、マンセルは怒りを爆発させ彼らを叩きのめす。
彼らの中にロシアンマフィアのボスであるユリアンの実弟がいた。
間もなく弟は亡くなり、ユリアンは復讐を誓う。彼は犯人捜しを始めユリアンは得られた情報から、部下たちにマンセルの自宅を襲撃するように命じる。
この映画にハマるのは、アケフセの妙です。最初は伏せて、伏せて、それがどんどん開いてグラデーションカーブがぐいって上がる。
最初は主人公マンセルの冴えない日常。会社と家を往復して、曜日がテロップで出てきて日々が繰り返される。火曜日の朝はゴミを出すけど毎回間に合わない。
日常感が出ていますね。
マンセルと奥さんと息子と娘と4人家族のところに二人組の強盗が入る。息子も頑張ってマンセルもゴルフクラブで、やっつけるタイミングでマンセルが、
「逃してやろう」
それで息子が嫌になるんですよ。家族からも冷たい目で見られている様子。でも娘だけはかわいくて慕ってくる。
その日の夜、マンセルが自分の部屋でジャズのレコードをかけて、別のスイッチを入れると、誰かと通話を始める。
「今日二人の強盗が入ったんだけど、一人は女やったし、男の子が持っていた拳銃には弾が入ってなかった」
マンセルって何者だろう? というところから物語が始まっていく。
普通の人かと思いきや、よくあるやつ。
次の日の朝、娘が猫の絵のブレスレットがなくなっているって言う。マンセルは強盗が現金をわしづかみにしたときに一緒に持っていたと知って動き出す。
それを取り返しに出かける。マンセルは老人ホームに入っているお父さんのところに行くんですよ。お父さんは元FBIで勝手にFBIのバッジを借りる。
強盗の男の腕にタトゥーがあるのを覚えていて、彫師の店に聞き込みに行く。バッジが古いことに気づかれて一悶着。
でもそこから聞き出して、強盗の二人組の住んでいるアパートにたどり着く。詰め寄ったら奥の部屋で赤ちゃんの泣き声がする。奥の部屋の赤ん坊を見て、マンセルはやる気を失って、ブレスレットだけ取り戻す。
その帰りのバスでやり場のない感情を抱いていると、悪そうな連中が乗り込んでくる。若い女の子を取り囲んでいる。マンセルは我慢ができなくなって、バスの運転手さんを外に出す。そして乱闘が始まる。溜めていたからエスカレートして連中をボコボコにしちゃうんですよね。
彼らは入院しちゃうんです。病室にロシアのマフィアのボスが来る。
「弟をボコボコにしたのは誰や。すぐに調べろ」
マンセルが落としていったメトロカードを部下の女の人に調べさせると、家が分かって、老人ホームにお父さんがいるとかも。
お父さんがクリストファー・ロイドで「バック・トゥ・ザ・フューチャー(1985)」の博士役だった人。
老人ホームを襲うと、お父さんの方が一枚上手で、ライフルでやっつけちゃう。
ロシアンマフィアのボスは次にマンセルの家を襲撃させる。
マンセルは家族3人を地下室に隠して、そこで銃撃戦になる。マンセルは優勢だったけどスタンガンでやられちゃう。車のトランクに放り込まれて、走行中にトランクから消化器を使って車内に入って乱闘に、車が激突して大破。マンセルだけ脱出する。
トランクからの脱出も面白いですよね。後部座席のシートに穴を空けて、そこから消火器の薬剤を噴出する。
トランクから後部座席に出るっていうのは、「ペイバック(1999)」と同じ。
その後ですよねマフィアのアジトに乗り込むのは。
この組織がロシアンマフィアのファミリーのお金の保管を任されている。
お金を何ヶ所かの倉庫に保管して見張らせているんですけどね。マンセルが全部焼き払ってしまう。爆弾を持って敵のレストランに乗り込んでいって、ボスと対峙する。
「全部焼き払ったから、お前はファミリーから復讐される」
爆弾を持っているから誰も手出しができない。
マンセルが買い取った工場が最後の決戦場になる。そこへマフィアの連中を誘い込む。前に通話していた仲間とお父さんが駆けつけてきて3人で迎え撃つ、そして最後はどうなるかという物語。
ドタバタ系なんですか?
ノリは軽い方じゃないですか。
そうやね。終わり方も軽いし。
マンセルは、ただのお父さんではなかった。
正体が徐々に明かされていく物語。
この作品を作っているのが87ノース・プロダクションズ、最近できた映画会社。悪ノリが好きで、最近だと「ブレット・トレイン(2022)」。また「バイオレント・ナイト(2023)」が公開。サンタクロースが悪人をボコボコにする映画で、どれも面白い。
インテリジェンス映画の系譜
- 「間諜最後の日(1938)」
- サマセット・モーム原作「アシェンデン(1928)」
- 「仮面の男(1944)」
- エリック・アンブラー原作「ディミトリオスの棺(1939)」
- 「恐怖への旅(1943)」
- エリック・アンブラー原作(1940)
- 「ハバナの男(1960)」
- グレアム・グリーン原作(1958)
- 「007は殺しの番号(1963)」
- イアン・フレミング原作(1958)
- 「0011ナポレオン・ソロ 罠を張れ(1964)」
- 書き下ろし
- 「国際諜報局 (1965) 」
- レン・デイトン原作「イプクレス・ファイル(1964) 」
- 「寒い国から帰ったスパイ(1966)」
- ジョン・ル・カレ原作(1963)
- 「さらばベルリンの灯(1967)」
- エルストン・トレヴァー原作「不死鳥を倒せ(1965)」
- 「鏡の国の戦争(1968)」
- ジョン・ル・カレ原作(1965)
- 「パーマーの危機脱出(1968)」
- レン・デイトン原作「ベルリンの葬送(1966)」
- 「ジャッカルの日(1973)」
- フレデリック・フォーサイス原作(1971)
- 「オデッサ・ファイル(1975)」
- フレデリック・フォーサイス原作(1971)
- 「ヒューマン・ファクター(1980)」
- グレアム・グリーン原作(1978)
- 「針の眼(1981)」
- ケン・フォレット原作(1978)
- 「リトル・ドラマー・ガール(1984)」
- ジョン・ル・カレ原作(1983)
- 「恐怖省(1988)」
- グレアム・グリーン原作(1944)
- 「ロシア・ハウス(1990)」
- ジョン・ル・カレ原作(1989)
- 「ミッション:インポッシブル(1996)」
- 書き下ろし
- 「レッド・オクトーバーを追え!(1990)」
- トム・クランシー原作(1984)
- 「パトリオット・ゲーム(1992)」
- トム・クランシー原作「愛国者のゲーム(1987)」
- 「今そこにある危機(1994)」
- トム・クランシー原作(1989)
- 「テイラー・オブ・パナマ(2001)」
- ジョン・ル・カレ原作「パナマの仕立屋(1997)」
- 「ボーン・アイデンティティー(2003)」
- ロバート・ラドラム原作「暗殺者(1980)」
- 「ナイロビの蜂(2005)」
- ジョン・ル・カレ原作(2001)
- 「ミュンヘン(2006)」
- ジョージ・ジョナス原作「標的は11人 モサド暗殺チームの記録(1986)」
- 「シリアナ(2006)」
- ロバート・ベア原作「CIAは何をしていた?(2003)」
- 「裏切りのサーカス(2011)」
- ジョン・ル・カレ原作「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ(1974)」
- 「誰よりも狙われた男(2014)」
- ジョン・ル・カレ原作(2008)
- 「われらが背きし者(2016)」
- ジョン・ル・カレ原作(2010)
「ザ・モール」 北朝鮮に行ってみた。
監督:マッツ・ブリュガー
〈Story〉
デンマークの元料理⼈のウルリクは北朝鮮の闇を暴きたいとマッツ・ブリュガー監督に志願する。ウルリクが北朝鮮に潜入するという。
ウルリクは地元にあった北朝鮮との交流団体に入会する。そして北朝鮮と強いパイプを持つスペイン人のアレハンドロ・カオ・デ・ベノスに近づくことに成功する。
ベノスは文化交流団体KFAの代表で北朝鮮政府から信頼を得ている人物だった。
やがてアレハンドロに気に入られたウルリクは自らコペンハーゲンで友好団体を設立し、その代表となる。そしてベノスが北朝鮮への投資家を探していることを知ると、偽の投資家ジェームスを紹介し、北朝鮮の国際犯罪組織へ潜り込む。
やがてウルリクはアフリカ某所で兵器と⿇薬の密造⼯場建設計画に深く関わることとなる。
「ザ・モール」はですねドキュメンタリー映画です。
デンマーク人の青年が、北朝鮮に潜入する。本当にあったことで、なんで北朝鮮に興味があるのかが分からないままで、何者なんやって不気味です。
元料理人ですね。
北朝鮮が好きな人たちが集まる団体があって、そこから潜入をする。
エージェントとして雇われているんですか?
いや、違うんですよ。単独です。
自分で撮影しているの?
マッツ・ブリュガー監督というドキュメンタリー映画の監督に志願しに来るんですよ。僕は北朝鮮に興味があって潜入するから映画を撮ってよって。行き着くのが北朝鮮と取引している国の武器商人。交渉をしている現場に行って映像を撮るんです。
相手は中東かな?
そうそう。それも重たい雰囲気じゃなくて、本当に武器の取引をしてるのかというぐらい軽い雰囲気。
北朝鮮が日本海にミサイルを撃っているのが、中東の国へ売るためのデモンストレーションという話もあります。
公開前にNHKでテレビ番組として放送されたので、本物の映像らしい。
マッツ・ブリュガー監督は「ザ・レッド・チャペル(2009)」で北朝鮮に潜入して、隠し撮りで撮ったのが原因で北朝鮮に出禁になっている。
(対話月日:2023年3月3日)