お家シネマで癒されましょう

第29夜「シネマはホテルで急転(ツイスト)する」Side B

今宵のテーマはホテル。映画 の舞台として重要なモチーフですね。

映画 をこよなく愛する素人のおしゃべりです。
皆様の観たい映画がひとつでも見つかれば嬉しいかぎりです。

「ホテル・ムンバイ」 ムンバイ同時多発テロ、タージマハル・ホテルでは。

監督:アンソニー・マラス
脚本:ジョン・コリー、アンソニー・マラス

〈Story〉
2008年11月26日、ウェイターのアルジュンは普段通りインド・ムンバイのタージマハル・ホテルに出勤する。
その夜、ラシュカレトイバのテロリストがムンバイ市内12か所を襲撃し、一部はタージマハル・ホテルを占拠した。ムンバイ警察は対テロには不十分で、ニューデリーから国家保安警備隊の到着を待たなければならなかった。
占拠されたホテルではアルジュン、イラン人の富豪令嬢ザーラとアメリカ人の夫デヴィッド、ワシリーがレストランに取り残され、乳児キャメロンと乳母サリーは事情を知らないまま部屋に残っていた。デヴィッドはテロリストたちの目を盗んで部屋に戻り、アルジュンは、レストランの客を連れて6階にあるラウンジに避難する。
デヴィッドはサリーとキャメロンを連れてラウンジに向かおうとするがテロリストに拘束されるが、サリーとキャメロンはクローゼットの中に隠れていた。
ムンバイ警察のヴァムはホテルの警備室に向かうため部下と共にホテルに潜入し、アルジュンは重傷を負った観光客ブリーを病院に連れて行くためホテルからの脱出を図るのだった。。。

ホテル・ムンバイ

始まりがインドのムンバイ。アルジュン(デーヴ・パテール)が出勤する日常が描かれます。
アルジュンは五つ星高級ホテルとして有名なタージマハルホテルに勤めているウェイターです。朝礼では料理長が従業員たちの身だしなみチェックをします。アルジュンが靴を忘れていると料理長が貸してあげる。厳しいけど優しい人。料理長がその日のホテルに泊まるVIPの説明をする。VIPにはイラン人のご令嬢のザーラとその夫のアメリカ人建築家のデイビッドの夫婦と赤ちゃんと乳母。ロシア人のワシリーとかお客さんたちがホテルに到着してレストランで食事をする。
その頃、ムンバイの近くの河岸にゴムボートで10人ぐらい青年たちが到着する。彼らはタクシーでレストランとか駅とかホテルとかに行く。青年たちは電話で指示を受けているけど相手は映らない。実は青年たちはテロリストで、そのひと組がタージマハルホテルを襲撃する。レストランで食事をしている時、いきなり銃声がする。もう、その辺から怖い。テロリストはホテルにいる人たちを見つけ次第殺している状況で、ロビーにも廊下にもウロウロしている。
レストランではアルジュンが銃声を聞いた瞬間に、レストランの灯りを消して、
「皆さんに静かにしてください」
隠れるように指示して無事だった。デイビッド夫妻は部屋にいる赤ちゃんと乳母と何とか合流してから脱出したい。
部屋のテレビで報道を見ることができる。ムンバイ市内のターミナル駅とかレストランも10ヶ所ぐらい同時に襲撃されている。ホテルには1000名ぐらいの利用者と100人くらいの従業員がいて孤立状態。ムンバイの警察はテロリストに対処する特殊部隊がなくて、1300キロ離れている首都のニューデリーから派遣してもらうしかない状況で、生き残らなきゃいけないというのが大筋の話です。
舞台がホテルだから、いろんな人をうまく生かしていて、従業員の視点といろんな国籍のVIP客や地元のレストランから逃げてきたバックパッカーの観光客の視点、テロリストの視点でも人間ドラマが描かれている多角的な視点の映画。
好きなシーンが、ホテルの従業員たちは実はこっそり逃げることはできるんだけど、お客様を誘導して避難させる時に、選択を勧められます。
「逃げたかったら逃げてもいいよ」
「お客様は神様です。ホテルも自分の家なので、ちゃんと残って、最後まで仕事します」 自宅に家族がいるので帰っちゃう人もいるけど、従業員がほとんど残って自分たちの命の危機下で、お客様を避難させて安心するようになだめたり飲み物を提供したり職務を全うする姿勢が描かれます。お客さんは6階の安全なラウンジに着いた早々に
「コニャックを用意してくれ」
っていう人がいます。セレブの老婦人はアルジュンに異教徒の見た目が不安になるから、ターバンを外して髭は剃ってほしいって言う。インド人がターバンを巻いているイメージがあるかもしれないけど、あれはシーク教徒の男性が教えに従ってターバンを巻いて髭を生やしています。アルジュンは怒らず教徒の誇りだと説明し対話をし、婦人を安心させて許可をもらいます。
テロリストも殺人鬼として描いているわけじゃなくて、テロリストに至るまでの背景が伺えるように重厚的に描いている。

実話ベースだからどきどきするし、実際の事件だけど顛末を知らないので、緊張感が高まりますね。

生き残れるのか死んでしまうのか分からない。運で生き残るような感じ。ホテルの従業員の指示通りにした方が生き残れるのか、一人で脱出した方がいいのかはその時の運でしかない。

過酷ですね。テロも目的があるんですね。

テロリストの要求は出てこない。テロリスト側のボスは実行犯の少年たちに
「全世界に自分たちの行動を見せつけてやる」
と電話越しに鼓舞している。
後に、デヴィッドがテロリストに捕まって部屋に転がされていると、見張りのテロリストが家族に電話をします。
「お父ちゃん、愛している。ボスからお金が支払われるんだけど、ちゃんと振り込まれたか?」
「いやまだ振り込まれていない」
テロリストは、ボスに洗脳されてお金で利用されています。貧困が背景にあってテロリストに仕立て上げられているのが窺えます。

深刻すぎる。

デイビッドはアーミー・ハマーですね。

ホテルに泊まる人は比較的リッチな階級の人で、テロリストは貧困層という対比があるのですか?

テロリストはTシャツが汚くて、ムンバイの町中を移動している時にボスが言う。
「これをちゃんと見とけよ。これはお前たちがお前たちの先祖とかが奪われた景色なんや、その発展した都市は裕福な生活自体が奪われているものなんだ」
ホテルが華やかさを象徴して、VIPの人らも綺麗に正装をして、そこに対比があります。

ホテルも英国帝国主義の象徴なので、そこが選ばれたのかも。 自分やったらどうするかと想像してしまうね。

ラウンジは犯人たちに見つかっていないから安全で、従業員用の通用口を通って行くと犯人たちに見つからない。デイビッドとザーラは部屋にいる赤ちゃんと乳母と合流するために、ラウンジから出て行く。エレベーターを使うとテロリストと鉢合わせる。

テロリストが部屋を順番に調べていくシーンがあったね。

それは怖い。

事態がまだ明るみになっていない時にテロリストが1部屋ずつ、コンコン
「ホテルマンです」
宿泊客がガチャッて開けると撃たれてしまう。
6階のラウンジも後半で見つかってしまいます。ホテルマンとテロリストを見分けるために中から
「誰だ」
って名前を訊くと、テロリストは殺した人の名札を見て名乗る。そこをどうやってきり抜けるか。

どうするんやろ。
陸の孤島と化してるんですよね。ハッピーエンドなのか。

当時劇場で見たら暗闇だし、音がでかいから銃撃音がより激しい。

感動しそう。
アルジュン役のデーヴ・パテールは「スラムドッグ$ミリオネア(2008)」の人ですね。

あの子、大きくなったんや。
アルジュンに家族は?

1歳ぐらいの子供と奥さんが第二子を妊娠していました。
アルジュンは、現場にいたいろんなスタッフから造形されたキャラクターです。

料理長が普通の人でそういうキャスティングがリアルさを増してくるね。

プロ意識が高くて、いい人なの。

Eくん

年間 120本以上を劇場で鑑賞する豪傑。「ジュラシック・ワールド」とポール・バーホーヘン監督「ロボコップ(1987)」で映画に目覚める。期待の若者。

サポさん

「ボヘミアン・ラプソディ」は10回以上鑑賞。そして、「ドラゴン×マッハ!」もお気に入り。主に洋画とアジアアクション映画に照準を合わせて、今日もシネマを巡る。

キネ娘さん

卒業論文のために映画の観客について研究したことも。ハートフルな作品からホラーまで守備範囲が広い。グレーテスト・シネマ・ウーマンである。

検分役

映画と映画音楽マニア。所有サントラは2000タイトルまで数えたが、以後更新中。洋画は『ブルーベルベット』(86)を劇場で10回。邦画は『ひとくず』(19)を劇場で80回。好きな映画はとことん追う。

夕暮係

小3の年に「黒ひげ大旋風(1968)」で劇場デビュー。開演に照明が消え気分が悪くなり退場。初鑑賞は約3分。忘却名人。

デーヴ・パテール
アヌパム・カー

「サイコ」 サスペンスのマエストロ、ヒッチコックの演出が冴える

監督:アルフレッド・ヒッチコック
脚本:ジョセフ・ステファノ
原作:ロバート・ブロック

〈Story〉
フェニックスのホテルで、不動産会社のOLのマリオンは恋人サムと情事にふけっている。サムは、離婚した妻への慰謝料や、父親の借金の返済のために、マリオンとの再婚に踏み切れずにいる。
マリオンは職場に戻ると、客が支払った4万ドルを銀行まで運ぶ指示を受ける。
ところがマリオンは銀行には寄らずに、自宅に帰って身支度を整えると、車でサムの住む町へ向かう。
パトロールの警官に怪しまれつつ、途中の町の中古車屋で車を買い替える。やがて夜になり、雨は土砂降りになるも、マリオンはベイツモーテルのネオン看板を見つけ、宿泊することにする。
青年ノーマンが宿泊受付をして、食事の提供を提案するが、奥の屋敷から「見知らぬ若い女なんかに食事を出すんじゃない」と叱りつける声がする。
食事を運んできたノーマンは、「人はみな自分の罠に閉じ込められている。罠から抜け出そうとどんなにもがいても、誰も抜け出せない」と言う。マリオンはその言葉で明日フェニックスに戻ろうと決心する。
マリオンは部屋に戻ってシャワーを浴びていると、シャワーカーテン越しに人影が現れ、その侵入者は刃物を振り上げマリオンに襲いかかる。マリオンはタイルの床に顔を押し付けて息絶える。
ノーマンが現れ、モップを手に血痕を拭き取りマリオンの死体の始末をする。
マリオンの妹ライラが姉を心配しサムの店を訪れる。
また、私立探偵のアーボガストも、マリオンを追ってやってくるのだった。。。

サイコ

サイコ(1960)」は、リマスターされているのかな、モノクロやのに鮮明に見えるのが変な感じでした。
オープニングタイトルが特徴的、帯がヒュって出てきて。。。

あれはソウル・バスのグラフィックデザインですね。
アルファベットがバラバラになる。映画で初めてコンピュータグラフィックを使ったタイトルです。

キャストやスタッフの名前がヒュって出てきて、半分に切れてピって出ていく編集がおしゃれなんですよ。文字が切れる様に見える。主人公がナイフでメッタ刺しになって殺されるのを暗示しているというのを読んだことがありました。
ストーリーは、会社勤めの女性マリオンには恋人がいて、その人はなかなか自分と結婚してくれないので、悶々とした関係が続いています。恋人には元奥さんや子供がいて、養育費を払わないといけないのにお金がないところが最初のシーンで、マリオンは不満でストレスを抱えている状態です。マリオンが勤める会社に、大金をキャッシュで払いに来たお客さんがいて、その現金を銀行に預けてくるよう上司に言われるんです。そして、マリオンは目がくらんで横領してしまう。

不動産屋さんに勤めていましたね。
大金持ちがポンって大金を出して、
「娘のために部屋を借りるだけだよ。こんなお金がなくなっても大丈夫だから預けとくよ」

お膳立てが完璧。

お客さんの娘の話で結婚っていうワードが出てきて、周りは結婚しているのに、自分は結婚できないのがプレッシャーになっている、さらにお金のこともあって罪を犯してしまいます。

ちゃんと追い詰められている。

札束を持って帰るんです。そこから逃避行になって、それをもって恋人の元に行くところから物語が動き出します。現金を預けてこいって言った社長と街ですれ違うんですよ。もしかしてバレたんかと思いながら運転しているんです。

自分がいなくなって、きっと今頃、会社でこんな会話しているんじゃないかっていうのを連想してマリオンがびくびくしています。

運転中がマリオンの顔のアップなんですよ。心配して架空の会話を自分の中で再生しているシーンが続くので、不安が伝わる撮り方ですよね。
「なんであの娘にお金を預けたんだ」
「10年も勤めている子やねん」
たぶん、マリオン自身が作ってきたキャラクターだったと思うんですよね。それで心配になるのがチャーミングなところ。

リアリティがあるかも知れない。普段そんな犯罪と無縁の人がいきなり出来心とはいえ犯罪をやろうとしたら隠し通せない。

車の中で一夜を明かして起きたら警官に職質をされます。
「どうして、こんな朝早くに路駐している?」

警官に免許証の提示を求められて、カバンから出す時に警官から隠すように一回お金を出してから、下の免許を取り出す。

警官に背を向けてめっちゃ隠しているのが面白かったです。

見ている方はあそこで名前も知られたし、怪しまれているしね。

すぐばれるよって思いましたね。
車を変えようと中古車屋さんに行ったら、警官がついてきて見張っているんですよ。店員さんも、マリオンが明らかに急いでいるから怪しんでいる。お金を払って車をゲットしつつ、またその車屋さんに疑われているんちゃうかって思いながら逃げていくんです。

「試乗しないの?」
って訊かれるよね。

そうですね。乗らずに車を買うから怪しまれる。警官も店の中に入ってきていましたもんね。ただ逃げていくのも怪しいですよね。もっとクールにしたらいいのにって思うんです。
そして、雨が降ってくるんですよ。夜も更けてきてマリオンは道中のモーテルに宿泊する。お客さんも誰もいないモーテルで、管理人ノーマンが現れて、1人だけの宿泊客なので一緒に晩御飯を食べる。ノーマンはお母さんと一緒に住んでいて、お母さんが心の病気だと分かる。
そういうことがありながら、有名なシーンに突入するんです。マリオンがシャワーを浴びている時に、知らない人が入ってきて、シャワーカーテンがばって開けられて包丁でグサグサッと刺されるんですよね。

唐突や。

そこの音楽が有名で、キンキンキンキンって甲高い音が流れる音響があって、多分聞いたら、「あっ」て記憶にある音です。マリオンが死んでしまうのが前半です。そこから話は変わって、マリオンの恋人と妹がマリオンを探しにくるのが後半のストーリーです。私立探偵も出てきて、足取りを追っていくと、やっぱりモーテルで足取りが止まっているので、ノーマンを疑うんです。確かな証拠を掴むために、何回かモーテルに行く。そこで探偵も殺されてしまうんですよ。

第2の被害者に。

結局は妹と恋人が探しに行って、犯人がわかるのが最後です。

ミステリー?

サスペンスミステリーな感じ。主人公が死ぬのが、かなり衝撃的。

そうだね、お話の中盤で。。。

そうなんですよ。初めて見たら、「えっ」てなります。犯人の伏線も出てくるんです。マリオンが殺されたシーンは、女の人影がありながら、女の人の登場人物に限りがあるんで、誰やろと推理します。
今回のテーマのホテルでは、殺人現場になったのもホテル。最初にマリオンが恋人と会うのがホテル。仕事の休憩時間のタイミングで来て、いそいそと帰っていく。ホテルというプライベートな空間がベースにあって、そこで殺されてしまうのが怖さのポイントだと思います。

ヒッチコックはどうやって観客を驚かせるかばかりをいつも考えている監督ですね。
この映画も上映されたときは、途中入場も禁止だし、決して他の人に話さないでくださいねっていうスタンス。
序盤で社長に見られるところも、お金を預けるよう命じられて、マリオンが「今日は風邪をひいているので、銀行の後で退社します」と言って、銀行に行かずにそのまま町を出ようとしている時に、横断歩道に社長がいるという衝撃的演出とかね。

そうですね。

モーテルのシーンではノーマンが夜遅いからってサンドイッチ作ってくれて、2人でお話していると、マリオンはだんだんと改心していく、
「明日の朝は会社に戻ってお金返します」って言う。
観客はこの犯罪は破綻しているなって思っていたので、マリオンが改心するから、ほっとする。不安から解放される。

出来心でやったわけであって、そんな悪人じゃないです。

あそこで1回緩めるんですね。事件が落着すると観客がホッとしたところで、殺人シーンとなるのが効果的なスリラーの手法です。

そこで殺されて行方不明になっちゃったんで、横領して逃げた人になっている。

マリオンが殺された後で、観客の興味のカーソルはお金に向かうんです。このお金はどうなるのか?

ああ確かに。

中古車屋さんでは朝刊を買うんですね。お手洗いで400ドルを朝刊にくるんで、カバンに詰める。モーテルに着くと、こんなところにはお金が入ってないでしょという体裁でテーブルの上に新聞をポンと置くんですよ。このお金がどうなるんやろうと見ていると、ノーマンがドアとバスルームへ行き来するのをカメラは新聞紙越しに撮ります。
当時のカメラは重たいんですよ。そのシーンでも工夫をしているはずですよね。フィルム代も高いからテストもできないので、念入りに計算をした上で撮っているはずです。

序盤のお金の撮り方も、大金を家に持って帰ってベッドの上に置いていて、チラチラ見るんですよ。お金の包み紙が映るカットが3回ぐらい、気にしているのが露骨に分かりますね。
シャワーシーンの音響はホラー番組とかでよく音源が使われていますよね。

ホラーかと思った。

そうですよね。ナイフでワーッて殺していくんですけど、よく見るとナイフが皮膚と平行で刺さってないのも面白い映り方なんですよ。刺さっているように見せるためにカットを短くするんですよ。一瞬しか映らないのが見ごたえがある。今やったらその撮り方はしないですね。

シャワーの向こうにシャワーカーテンがあるっていうことは、カメラはシャワールームの奥から撮っているんですよね。シャワーカーテン越しにドアが開くのが見えるんですよ。女性らしき人が近づいてきたのが分かる。手のアップがカーテンを開いて、ナイフが見える。

怖いですね。

ナイフのショットと俯瞰ショットのカットバック。そこを一瞬しか見せないようにカットを細かく刻んでいる。マリオンが倒れる時に掴んだシャワーカーテンがバリバリって外れて落ちる。倒れたマリオンの目にズームアップする。

観たくなってきました。

ゆっくり後から見れば、そんなに血が飛び散っていないんですよ。

確かに。

血がどんどん流れていって、排水溝に吸い込まれていく。マリオンの目のアップがオーバーラップする。

排水溝の黒い穴と目が黒々してましたよね。。。
どうやって撮っているんだろうっていうのが、シャワーを浴びるシーンで水がシャワー口から出てくるのを下から撮るカットがあるんですよ。あれどうやっているのって思ったんです。

確かにそう言われると。。。
グラフィックデザイナーのソウル・バスがヒッチコックと3回ぐらい組んでいて、タイトルだけじゃなくて、絵コンテもバスが描いているんです。有名なシャワーのシーンも私立探偵殺害シーンも絵コンテがあります。
私立探偵が殺されるシーンも同様にヒッチコックは唐突にしたかったんですよ。今の映画みたいに来るぞ来るぞみたいな感じはしたくない。でもバスの絵コンテは、予感を煽ってたんです。私立探偵はノーマンの話を聞いて、お母さんとマリオンが喋っていたらしいと思う。お母さんに会わせてって言ったら、具合は悪いから話はできない。そこでノーマンがいない時にお母さんに会いに行く。ベイツ・モーテルの後ろの丘にお家があるんですね。そこに入ると二階へ続く階段がある。バスは階段を上る場面を手すりを持つ手のアップとかね、足元のアップとかも書き込んでいました。ヒッチコックは上がってくる探偵を真上から撮った。上がると突然、二階のドアが開いてナイフを持った女が現れて隙を与えずに殺す。探偵は階段を後ろ向きに落ちていく。

落ち方も変わった撮り方でした。よくあるのは、ごろごろって落ちるのを下から撮るじゃないですか。ヒッチコックは落ちる人の顔をずっと映しています。

階段を後ろ向きに落としたかったんやね。それを撮るのにも苦労したみたいでね。

へえ。

固定カメラなんでどうしようもないんですよ。あれはクロマキーだと思うんです。何回も再生して見ると、私立探偵の足元は映っていないんですね。腰から頭ぐらいのところまでが映っているんですよ。背景だけを別撮りでクロマキー合成をしている。(後で考えると、クロマキーはモノクロ映画では使えない手法なので、スクリーンプロセスですね)

私立探偵と、背景を組み合わせているってことですか。

背景はズームアップしていると思うんです。

でも違和感はありますもんね。あのシーン、工夫しているんやろなって感じ。

当時では撮れないような絵を工夫して撮るのがヒッチコックでした。殺害シーンでドアから突然女の人が出てくるのは真上から撮っているんですよ。最初から計算をして絵コンテを練り直しています。

勉強になりそう。

何度見ても面白い。

見るポイントがあるのもいいですよね。ここはどうやって撮っているんだろうとか考えながら。。。

結末を知らない方が面白い。

でも気づくかもしれないですよね。

オリジナルがこの作品で、このモデルを使った類型映画はいっぱいあります。そういう作品を先に観てしまって気がつくと勿体ない。

頭を空っぽにして観ます。

ヒッチコックの登場シーンって分かりました?

分からなかったです。出ているんですか?

ちらっと不動産屋さんの玄関の外に立っていました。
中から外を映したときに、玄関の外にガラス越しに立っていた。

そういうのも小ネタとして面白いですね。監督を探せ。

(1964)」のときは犬を連れて歩いています。

ヒッチコックってキャラクターチックなところはありませんか?
さっき言ってたネタバレしないでくださいとか、途中から入らないでくださいっていうチラシでヒッチコックが立っています。案内人のキャラ。

今年はヒッチコック監督デビュー100周年だそうです。
「ヒッチコックの映画術」が9月29日公開されて、それが監督デビュー100周年記念。

そんな前だったんですね。1920年。

最初はイギリスで撮っていましたね。「下宿人(1927)」。その頃から画期的でした。下宿屋さんで二階に間借りをしてる青年が、もしかしたら今話題の殺人鬼なのかって疑うんです。何気ない料理の会話をしている時に、
「ナイフを取って、そこのナイフ」
とセリフの中の「ナイフ」っていう言葉だけをボリュームアップする、そういうサウンド効果があったり、下宿人が二階を歩いているのを気にして見ているシーンも下からのカメラで、下宿人をガラスの上を歩かせて撮ったりしています。
その当時だと革新的。20年代30年代の映画を見る時は、その時の技術とか、科学的な背景も一緒に見ると面白いですよね。VFX技術がない時にどんな工夫しているか。

毎回撮り方を実験している感じ。

毎回試していますよね。
「サイコ」の雨の中をドライブするシーンも上手く撮っているなって思うんです。ワイパーの向こうが雨で景色が見えないんですね。真っ暗だし、光だけが見える。何個目かの光がアップになってきたら、ベイツモーテルがわかる。

行かざるを得ないような出し方というか。

地元を離れて旅すると、殺害されるパターンはアメリカ映画で、よくある類型ですね。その原型かもしれない。

そうですね。100年前だったらいろんな原型を作ってきてるんでしょうね。

私は大学の卒論の時にこの作品を使ったんですよ。観客の意識についての論文を書いたんです。この映画は、前半は主人公に同一化させていく動きがあります。心情を映して共感させるんですよ。なのに共感した主人公が急に死ぬ。突き放される効果が怖い。次は誰に感情移入するのかという揺れがあって、最後のどんでん返しで振り動かされる映画。それと撮り方が繋がっているという論文を書いていました。

どうして「サイコ」を大学で。

芸術を専攻していたんです。卒論でその1個の作品を取り上げるよりも、観客論にしようって思ったんですよ。観客の心理がどう作品から影響を受けてるか、そして選んだのが「サイコ」。参考文献にしていた本が「映画とは何か」(加藤幹郎)、そこでサイコのそういう効果を取り上げてたんです。
あの時の卒論をもう1回読みたいなって思ったんです。卒論を書いてたときが大学生活がピークでした。もっと勉強したいって思いながら卒業する感じでした。

楽しいのはいいよね。大抵の人は苦しんでるから。

そうですね、苦しかったのは確か。ギリギリで書いたんですよね。クリスマスぐらいの提出で何とか間に合いました。

検分役の音楽噺 ♫

『サイコ』が後世に残る傑作となり得た功労者として挙げるなら、無論ヒッチコック監督の演出と、本作での強烈なイメージから脱却できなかったアンソニー・パーキンスを筆頭とする俳優の演技、さらにオープニング・タイトルにとどまらず、有名なシャワー室での殺人シーンや、マーティン・バルサム演じる探偵が殺害されるシーンの絵コンテまで担当したデザイナー、ソール・バス、そして、ヒッチコック監督と5回目のコラボとなった作曲家バーナード・ハーマンの名を挙げるべきでしょう。

『サイコ』では、まだ音楽のついていない編集段階で、仕上がりに対しスランプ状態に陥っていたヒッチコックに、ハーマンは管楽器や打楽器を使わず、ヴァイオリンとチェロだけで演奏する音楽を提案します。
明確なビジョンが見えていないヒッチコックは、全体にジャズ的な音楽を、そして信じられないことに、あのシャワー室のシーンには一切音楽をつけないつもりだったのです。

スリリングなテーマ曲である「Prelude」、そして「The Murder」と題されたシャワー室での音楽は、映画音楽史上にも残る傑作スコアであり、『サイコ』といえばあの旋律を思い浮かべてしまうほどのインパクトがあります。
ヒッチコックもハーマンが書いたスコアを絶賛し、当初の倍のギャラを支払ったのでした。

現在リリースされているBlu-rayには、あのシャワー室のシーンの音楽がなかった場合の映像、というのがオマケ映像として収録されています。
いかにスコアが映像に効果を与えるかが良くわかりますので、機会があればご覧いただきたく思います。

なお、あのシーンでの血液はチョコレート・ソースを使用、また被害者役のジャネット・リーの瞳がアップで映し出されますが、あれは静止画ではなく実際に彼女はカットがかかるまで本当に目を見開いているとのこと。 役者魂を感じさせるエピソードです。

アルフレッド・ヒッチコック
ジャネット・リー
アンソニー・パーキンス

(対話月日:2023年11月8日)