お家シネマで癒されましょう

第30夜「実話から生まれたシネマたち」Side A

今宵のテーマは実話が元になった作品です。たくさんある中から、こんな映画を選んでみました。

映画 をこよなく愛する素人のおしゃべりです。
皆様の観たい映画がひとつでも見つかれば嬉しいかぎりです。

「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」 父を求める若き天才詐欺師。

監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:ジェフ・ナサンソン
原作:フランク・W・アバグネイル、スタン・レディング

〈Story〉
16歳の少年フランク父親のフランク・シニアはロータリークラブの終身会員に選ばれるほどの名士だった。しかし、国税局とトラブルを起こし事業が立ち行かなくなり、家庭は困窮する。
母親は父親の知人と浮気していることをフランクに悟られる。
両親が離婚することとなり、フランクは、父と母のどちらと一緒に住むのかを決めろと迫られ、選べず家出をする。
フランクはお金さえあれば、家族は元に戻ると思い、お金に執着する。
フランクは小切手詐欺をしようとするが、未成年なので取り合ってもらえないので、社会的ステータスとして『パイロット』になりすます計画を立てる。
まず、高校の新聞記者を装って航空会社に入り込み、パイロットの仕事を詳細に聞き出す。パイロットの制服を手に入れ、パイロットと偽って偽造小切手を使ってお金を稼ぐ。
偽造小切手が出回っていることに銀行が気付き、FBIが捜査を開始する。FBI捜査官のカールは、懸命の捜査の末に、ついにハリウッドのホテルに宿泊中のフランクを追い詰める。
フランクはFBIの追跡を切り抜けるが、孤独感にも襲われていた。

キャッチ・ミー・イ・フユー・キャン

キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン(2003)」のフランクとカールが、だんだんルパン三世と銭形刑事みたいに見えてきます。

確かに、構図が似ていますよね。

「トムとジェリー」みたいな。

実話を基にしているのが面白い。

実際はFBIのカールひとりに追われていたわけじゃないみたいですね。

途中で1回捕まりそうになりますね。カールがホテルに踏み込むと、フランクが
「シークレットサービスである私が先に捕まえた。ほら」
窓の外を見ると、男が連行されて車に乗せられている。

フランクがシークレットサービスのふりをするシーンですね。FBIよりもシークレットサービスの方が優位だと判断する機転の切れ味。

フランクは10代の学生。頭がめちゃくちゃ良かった。
カールはホテルでフランクに逃げられた時は、捕まえられなくてよかったという表情をしていました。フランクへのリスペクトが芽生えた。最後の方は自分が捕まえたいと思っている。そういうのってルパンと銭形の関係だよね。
フランクはカールが追いかけてこなかったら、もっと寂しくなるんでしょうね。だから自分から電話かけて挑発する。

ルパンと銭形の関係も根っこには信頼があってね。

あの二人って同じ大学なんです。銭形が先輩でルパンが後輩だったかな。

フランクは転校時に同級生から教室で揶揄われると教師のふりをして立場を逆転させる。誰も思いつかない方法だね。

お父さん譲りでしょうかね。

お父さんへの憧れが強いね。

お父さん役がクリストファー・ウォーケン。

ディア・ハンター(1979)」では忘れられない印象的な役柄でした。

今回もいいキャラでしたね。奥さんを何百人というライバルの中からつかみ取った。その過去の栄光にすがっている。その奥さんは他の男の人とくっついて、それが哀れです。

お父さんはビジネスで成功して表彰されていたのに、すぐに転落しちゃって、お母さんは浮気しちゃう。フランクはお父さんを求めるのね。お父さんの考え方に影響される。

フランクは両親を何とか仲直りさせようとしていましたね。そこも一途。

家庭の不足を感じながら生きているから、FBIのカールに父性を感じ取る。

ひとりが寂しかったんでしょうね。クリスマスにわざわざ電話する。

カールもイブに働いている。

お互いクリスマスの日だけはほんまのことを喋ることになっています。

織姫と彦星みたい。そんなロマンティックなもんじゃないか。

他に電話をかける人がいないのが悲しい。

あれはお父さんの不在やろうな、憧れる存在だったから。

スピルバーグの作品はいつも両親が不仲ですよ。「E.T.(1982)」も両親が離婚していました。「フェイブルマンズ(2023)」もお母さんの浮気が発覚して家庭内がどん底になる話でした。

スピルバーグの家がそうだったんですか。

それが作品に投影されている。

主人公の家庭の事情がスピルバーグの琴線に触れた。

確かにそれもあるかもしれないですよね。僕ね、原作となった自伝「世界をだました男」(フランク・アバネイル著)を図書館で借りました。
フランクは四人兄弟の三男ですが、映画では兄弟はいなかったです。映画ではお母さんかお父さんかを選べって言われて、逃げ出してそのまま家出していましたが、自伝では離婚が決まってからお父さんとしばらく一緒に過ごして非行に走りがちになって家出した。

親を求める旅路ね。

カールが、チョコを手がかりに犯人が子供だと気づくのが安直かなと思いました。

フランクの発想が「007」やったり、医療ドラマやったり、漫画やったりね。

僕は、バリー・アレンだけなぜか覚えていました。「フラッシュ」のキャラね。

詐欺師としての成長の過程もよく分かるよね。最初は不渡手形をお父さんからつかまされて失敗する。それを手がかりにして小切手詐欺に進む。

飛行機の模型から航空会社の小切手用のマークを手に入れるのも面白いですね。プラモデルを風呂場の水に浸けてシールを剥がす。雑なやり方でも、当時はバレなかったんですね。

誰も本物を知らないからね。

パイロットの制服を買う時に、口座から引き落とすから社員番号を書くように言われるシーン、あれ適当に書いたそうですよ。その場では気づかれない。この番号を照会してもヒットしないんです。

今のようなデータベースがないから照会に数日の猶予があるよね。

小切手も州ごとに管理しているので、その州に届くまで時間が稼げる。

FBIも知らないような、小切手の隅っこの3桁の番号が管理番号でした。フランクは銀行員の彼女からどんな照会の仕方をしているかを聞きだして知ります。

フランクがお医者さんに化けている期間が短かった。お医者さんになって騙し通せるんだなって感心しました。

救命係は危ないよね。

だって血を見ただけで嘔吐しちゃう。

治療方針を尋ねられたら
「君はどう判断する。それでよし、あとは任せた」

何もしないんかい。
あれで切り抜けられる。

自伝では、血を見るだけで気分悪くなって、クローゼットの奥に入って気を静めていたそうです。辞める日に仕事仲間から
「クローゼットに何回も入るのはどうしてですか」って訊かれています。

ところどころで不審に思われちゃっている。

ボロが出ないうちにスパッとやめるのが上手い。

引き際をちゃんと心得ている。まさかお医者さんが偽物だとか思わないよ。

堂々としていればね。

病院に入る時に面接を受けたけど、試験はなかった。

経歴書だけ見て、素晴らしい経歴だと言われただけ。

それだけでスルーしちゃうのが信じられない。大卒ですって言って転職。

大学と病院とのバランスを見定めていた。
「その大学ならうちの病院には勿体ない」と言わせる。

そこを見極めないと駄目ですね。
看護師ブレンダ役でエイミー・アダムスも出ていました。

歯の矯正していた娘。

そのお父さんがマーティン・シーン。「地獄の黙示録(1980)」に出ていましたね。
フランクはブレンダに僕は詐欺師だって打ち明けます。空港で落ち合う約束をして、いざ向かうと、そこかしこにFBIの人たちが隠れている。

あれも結局分からない。ブレンダが裏切ったのか、フランクが疑心暗鬼になったのか。
うまい撮り方だな。

フランクは挙動不審でしたね。
空港のシーンで、FBIの監視をくぐりぬけるために、女子大生をCA見習いに雇って、何人も引き連れて堂々と空港の中を歩く。痛快でしたね。
ちなみにフランクが司法試験を実力で勝ち取ったのは本当みたいです。何回か落ちているんですけど、大学を出てないのに独学で受かった。めちゃくちゃ頭のいい人です。

ブレンダのお父さんは早めにフランクのことを見抜いていたよね。
一緒に食事をした後で、
「本当の正体は誰だ?」と。

あれは気づいていて、そう言ったんですかね。

ヒヤっとさせておいて、実は騙されているのかも。

僕もそんなふうに受け取っていました。

心配させるのが上手い作品ですね。

「僕は医者でもないし、何者でもなくて、ただ娘さんを愛している男です」とフランクが返す。

その切り抜け方もすごい。

相手を見抜いて合わせられる。

洞察力。

終盤、フランスのモンリシャールの印刷工場に踏み込んだカールが
「外には警官が大勢待っている」というはったりに、フランクは嘘をつきすぎて疑心暗鬼になったからか、
「そんな嘘は信じないぞ」と言いながら騙されるのがかわいそうでしたね。
すぐあとにフランスの警官が押し寄せます。そこにフランク・アバグネイル本人が出演しているのよ。

へえ。

エンドロールに監修で入っていましたね。
モンリシャールはお父さんとお母さんが出会った場所でした。

それでカールがピンときて居場所を特定します。

フランクは難しい役でした。コンプレックスを抱えながら詐欺師として成長して、中盤になったら、やめたくなって早く捕まえてほしいと思っている。

そこまでやったら引き返しようがないですよね。

お父さんに相談すると、お父さんが「まだいける」って言う。

ははは。

カールに捕まった後でも、あの手この手で何度も逃げ出そうとします。

タイトルは「できるなら捕まえてほしい」という意味かな?

いや、「捕まえられるもんなら、捕まえてみろ」という意味です。「鬼さんこちら」というフレーズ。
刑務所でも逃げようとしていたし、飛行機からの逃亡も見事ですよね。

機内の手洗いから脱出できるって、勉強になるな。

あれもタイミングが上手くてね。普通に気分悪いって言ったら怪しまれる。お父さんの話を聞いてから。。。

そうか、そのタイミングでね。

カールに捕まった時に、「お父さんに会わせてくれる」って約束したのに飛行機の中で、既に亡くなっていることを告げられる。
それを知った後で逃げ出して、今度はお母さんに会いに行くよね。窓の外からクリスマスの家族の景色を見ていました。自分に義理の妹がいるのに気がつく。そこでナット・キング・コールの「#ザ・クリスマスソング」が流れる。

印象的でした。

またすぐに捕まっちゃう。でも頭がいいから刑務所に入った後、FBIから詐欺事件の相談を受ける。
「この証券は偽もんだよ、ミシン目がない」と即答します。

実際には刑務所を出た後、いろんな職種を転々として銀行で小切手の詐欺を防ぐための講演をやって、それが評判を呼んで、FBIにコンサルティングで協力します。

スピルバーグがうまくダイジェスト化したわけやね。

カールも息子のようにフランクを気にかけていた。捕まった後、特に寄り添っていて、いいですね。フランクがFBIに入った後に逃げようとするシーンがあって、カールが空港まできて、
「誰も君を追いかけたりしない」とだけ言って去って行く。週明けの月曜に
「あいつ来ないな」って腹を立てているのが、かわいらしいね。

カールもフランクに独特な執着を持っているよね。不足を埋めようとしている。

当時レオ様は29歳。「タイタニック(1997)」がこの6年前。僕は最近のおじさんのレオ様が好きです。若い頃は、美少年の役が多いイメージでした。最近は幅が広がって小汚い悪党役もあります。
トム・ハンクスはスピルバーグと何回もタッグを組んでいます。「ターミナル(2004)」とか「ブリッジ・オブ・スパイ(2016)」。

「ブリッジ・オブ・スパイ」は東西ドイツ時代の話ですね。

トム・ハンクスはね、レオ様に負けず劣らずいい役者さんですね。優しそうな役柄が多い中、今年公開した「オットーという男(2023)」は頑固な嫌な感じです。それがまた良いんですよね。

泣いてしまう作品。

ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書(2018)」もトム・ハンクスだ。

あれも実話。

プライベート・ライアン(1998)」はトム・ハンクスが主演でしたね。
第2次世界大戦の話で、マット・デイモン扮するライアンを探しに行きます。残酷な描写もありました。

オープニングの銃弾の音が劇場で聞いたら生々しくて、今までの映画で聞いたことのないリアルな音で、観客は観ながら避けていた。

トム・ハンクスがコメディから離れていったのがめっちゃ寂しい。

確かに最近、どっちかというとシリアスな作品ばっかりで、昔だと「フォレスト・ガンプ/一期一会(1995)」。

スプラッシュ(1984)」、「ビッグ(1988)」とか「ダ・ヴィンチ・コード(2005)」が好きです。

エルヴィス(2022)」のトム・ハンクスは嫌な役でしたね。エルヴィス・プレスリーのマネージャー役で、エルヴィスを酷使して過労死させちゃう。

エルヴィスとマネージャーのどっちもが主役みたいな作品。トム・ハンクスで始まって、トム・ハンクスで終わっていました。

Eくん

年間 120本以上を劇場で鑑賞する豪傑。「ジュラシック・ワールド」とポール・バーホーヘン監督「ロボコップ(1987)」で映画に目覚める。期待の若者。

サポさん

「ボヘミアン・ラプソディ」は10回以上鑑賞。そして、「ドラゴン×マッハ!」もお気に入り。主に洋画とアジアアクション映画に照準を合わせて、今日もシネマを巡る。

キネ娘さん

卒業論文のために映画の観客について研究したことも。ハートフルな作品からホラーまで守備範囲が広い。グレーテスト・シネマ・ウーマンである。

検分役

映画と映画音楽マニア。所有サントラは2000タイトルまで数えたが、以後更新中。洋画は『ブルーベルベット』(86)を劇場で10回。邦画は『ひとくず』(19)を劇場で80回。好きな映画はとことん追う。

夕暮係

小3の年に「黒ひげ大旋風(1968)」で劇場デビュー。開演に照明が消え気分が悪くなり退場。初鑑賞は約3分。忘却名人。

検分役の音楽噺 ♫

スティーヴン・スピルバーグといえば、その監督の経歴において、作曲家ジョン・ウィリアムズは避けて通れない存在でしょう。

スピルバーグの劇場長編一作目『続・激突カージャック』(74)以来、ほとんどの長編作品の音楽を担当しているウィリアムズで、 60年代から現在までの約60年間現役の映画音楽作曲家は彼くらいなもの。
『ジョーズ』、『未知との遭遇』、『E.T.』、『ジュラシック・パーク』等々、映画音楽マニアでなくとも、タイトルを聞いただけでメロディが浮かんでくるウィリアムズ作品の多くを、スピルバーグとのコラボで生み出してきたのでした。

今回話題に挙っている『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』は、スピルバーグ&ウィリアムズのコラボ長編映画19作目にあたります。
同年にはSF映画『マイノリティ・レポート』も公開されていました。

ちなみにスピルバーグの長編作品でウィリアムズ以外の作曲家が音楽を担当した作品は、
『カラーパープル』(85)(作曲:クインシー・ジョーンズ。現在ミュージカル版が公開中)
『ブリッジ・オブ・スパイ』(05)(作曲:トーマス・ニューマン)
『レディ・プレイヤー1』(18)(作曲:アラン・シルヴェストリ)
『ウエスト・サイド・ストーリー』(21)(作曲:レナード・バーンステイン、デイヴィッド・ニューマン)
の以上4作のみです。
これ、テストに出ますのでおぼえておいてください(笑)

今年で92歳になるウィリアムズ、昨年は『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』(監督はジェームズ・マンゴールド。スピルバーグはプロデュース)でまだまだ感性が衰えていない(なんて書くと失礼ですが)ことを証明してくれました。
その『~運命のダイヤル』で引退するというニュースもあって、ファンの一人としては残念でしたが、その後スピルバーグとの対談であと10年は現役で活動すると引退を撤回してくれました。
スピルバーグもウィリアムズのドキュメンタリー映画を製作するということです。

昨年は、先日逝去した小澤征爾氏に招かれての来日コンサートもあり、僕も長野県と東京で開催されたコンサートチケットを予約しようとしたのですが、共におそろしいくらいの倍率で即日完売で残念ながら入手できませんでした。
ただ、今年の5月にはコンサートの模様を収録したライヴCDのリリースが決定しています。

極々個人的なことでは、93年に来日された際、当時所属していたジョン・ウィリアムズ・ファンクラブの設立10周年パーティーにウィリアムズ氏をお招きし、実際にお会いする機会に恵まれたのは一生の思い出です。

トム・ハンクス
ジョン・ウィリアムズ

「狼たちの午後」 銀行強盗犯が賞賛された理由とは。

監督 シドニー・ルメット
脚本 フランク・ピアソン

〈Story〉
1972年8月猛暑。ニューヨーク、ブルックリンのチェイス・マンハッタン銀行に三人の強盗、ソニーとサルとロビーが押し入るが、すぐにロビーが怖気づいて逃げ出す。
金庫を開けさせると、お金は移された後だった。窓口のお金を回収し書類を燃やすと煙が立ち込め、市民が異変に気付き始める。
気づけば警察に包囲されていた。
人質の女性が弱気な強盗たちに、「計画もなしに銀行強盗したの?」と説教する。
ソニーは、元銀行員で従業員の事情にも詳しく、手荒な手段は取らなかった。
彼の望みはサルと無事に脱出することだったが、外には警察隊と大勢のマスコミ、野次馬とFBI。
警察の要望に応じてソニーは一人を解放する。
警察は出て来た守衛を犯人と勘違いし取り押さえてしまう。
「完全に包囲されている。出てきて見るといい」モレッティ刑事の言葉に、表に出るソニー。
そして、ソニーは、警官を相手に演説を始めるのだった。。。

狼たちの午後(1976)」は50年ぐらい前の作品です。

アル・パチーノ映画はここでよく聞きますね。

関連本を探してみても、なかなか無かったんですけど、ブルーレイに監督シドニー・ルメットの音声解説が収録されていました。
シドニー・ルメットの代表作のひとつが「十二人の怒れる男(1959)」。陪審員制度で被告の少年が有罪か無罪かを決める話で、12人の男たちが話し合っている姿しか撮ってないのにめちゃくちゃ面白い。

すごいですね。

それをモデルにした日本映画もあるね。

12人の優しい日本人(1990)」ですね。
大学の時、刑事訴訟法ゼミで「十二人の怒れる男」を観て、面白いなって感動した覚えがあるんです。
意見が全員一致しないと話し合いが終われない。最初はみんなが「有罪」って言うと、1人だけ頑なに、
「いや待ってみんなそれは違うよ」って。
その人の話を聞いているうちにみんなの意見が変わってくる。会話劇だけで物語は進んでいく。
他には、アル・パチーノ主演の「セルピコ(1974)」もシドニー・ルメット作品。
ひとりの警官を描いた映画で、同僚たちが汚職まみれで、主人公セルピコは正義感が溢れていて組織に立ち向かっていく。でも最終的に撃たれる。

社会派の監督でした。

「狼たちの午後」は、銀行強盗の話。アル・パチーノ扮するソニーとその仲間がニューヨークのブルックリンの銀行を襲って立てこもり事件を起こしちゃう。
銀行強盗は物騒なイメージがあるけど、ソニーは人を殺さない。ストックホルム症候群の典型で、人質と仲良くなります。野次馬の人たちから称賛されて、ヒーローチックに描かれる一面もある。称賛している人たちにゴミを投げつけて批難する人もいて、大騒動が起きる。その1日を描いています。
実際に1972年の銀行強盗に事件が元になっています。
ジョン・カザールがいいですよね。「ゴッドファーザー(1972)」とか「ディア・ハンター」とかの脇役で映画ファンにもお馴染みですね。

面影が特徴的ですね。

「ディア・ハンター」の後で病気で亡くなりました。

「狼たちの午後」は70年代の代表作のひとつ。

そうですね。いわゆるアメリカン・ニューシネマの時代ですよ。
当時はアウトロー的な主人公にスポットを当てられる映画が多くて、これもそのひとつ。

目的があって強盗をしているんですか?

ソニーは家庭を持っているんやけど、愛人がいるの。その愛人が男の人。その人の性転換手術の資金を稼ぐために銀行を襲う。
だけど、ろくに計画もしていないので上手くはいかない。仲間のひとりがびびってすぐ逃げ出すし、金庫にはお金が入ってないし、すぐ警官に取り囲まれる。
人質の銀行員の女の人に
「あなたたち、ちゃんと計画してたの」って怒られてしまう。ユーモアもあって憎めないキャラね。

思いつきでやっちゃった。

愛人の性転換手術が目的だと報道されると、それを見て、今で言うLGBTQの団体がデモを起こしたり、この人をゲイとして揶揄する人たちもいたりする。
印象的なシーンがあります。投降しろって呼び掛ける警官に向かって、ソニーが「アティカ、アティカ」って叫ぶと観衆が拍手する。
この事件の前年に、ニューヨークのアティカ刑務所で暴動事件がありました。黒人の囚人たちが環境改善を求めて暴動を起こして、多数が警官に殺された。無防備な状態で背後から撃たれて亡くなる惨殺な事件で、警察への不信感が蔓延っていた。その事件が重なって、ソニーは警官に立ち向かうヒーローにも見える。
「狼たちの午後」のオリジナルタイトルは「ドッグデイ・アフターヌーン」。ドッグデイが真夏の特に暑い日。直訳すると「真夏の午後」。
日本のタイトルを決めた人たちは、ドッグにこだわったのかなって思います。

犬の先祖を辿った。

「野良犬たちの午後」にしようかって言ったんじゃないですか。犬だとインパクトが弱いから狼にしよう、なんて。
夏の暑い日の話だけど、撮影したのは9月の上旬、それも早朝。みんな半袖の格好でアル・パチーノがセリフを喋ると、寒すぎて息が白くなった。監督の指示で口の中に氷を入れて温度を下げると、息が白くなくなった。そこまでする。

強硬手段ですね。

実際の事件の現場の向かいには散髪屋さんがあって、そこを警官たちが作戦基地にした。似たようなロケーションを探すためにニューヨーク中を歩き回って、似た散髪屋と向かいの空き倉庫を見つけて、倉庫を銀行に改装しました。
俳優には、大筋だけは決めて、セリフはアドリブで喋らせた。

そんな大きな銀行じゃなかったね。

大きい銀行を襲うのは勇気が要ったんでしょうね。

お金も入ってないし。

銃で脅して大金をかっぱらって逃げる作戦だった。その銀行にのり込むとすぐに証拠隠滅のために帳簿を燃やす。その煙で、向かいの散髪屋の人に感づかれる。間抜けなのよね。
国外に脱出しようと計画します。人質の人たちと海外へ行くのならどこがいいかと談笑しているの。バスを要求して、空港には着くんやけど、そこで仲間の1人、ジョン・カザールが撃たれて、ソニーも捕まっちゃう。20年間服役した。
プロデューサーが本人から話を聞こうと面会に行ったけど拒絶された。映画化権の金額が不満だった。本人から話が聞けないから、当時の報道やその銀行にいた人たちから話を聞いて作った。「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」とは違って、本人監修がないんですね。

それまでの映画ってこういう人は主人公にはならなかった。60年代までは主役は正義、敵役は悪と勧善懲悪が分かれていました。
アメリカン・ニュー・シネマになって、こういう人が主役になって、悪に走る事情や社会批判が物語に入ったり、普通の等身大の若者が主役になるような「卒業(1968)」が生まれたりします。

最近の「パラサイト(1999)」や「万引き家族(2018)」とか、貧困層にスポットを当てた映画があるけど、「ジョーカー(2019)」とかね、そこに向かっていきますよね。
ソニーもベトナム戦争帰り、バイセクシャルで裕福じゃない。現在から見ても、共感しやすい人物だった。
最後に空港に向かう前にソニーが奥さんと愛人に電話で感謝とか伝えるシーンで休憩なしで長く喋っている。1回撮ると疲れちゃう。シドニー・ルメットは必死さを撮りたいから、1テイク目は絶対NGを出そうと決めていた。その時のアル・パチーノがげんなりして汗だくの形相で、生々しい雰囲気が撮れた。

良かったですね。汗をかけて。

この前の「ゴッドファーザー(1972)」の主役で映画俳優として疲弊して舞台に戻ろうかと迷っている時に、このオファーを受けて、アカデミー賞でノミネートされる。

「ゴッドファーザー」の時はマーロン・ブランド、「PARTⅡ(1975)」ではロバート・デ・ニーロの方が注目された。

そうですね。「PARTⅠ」でマーロン・ブランドが主演男優賞、「PARTⅡ」でデ・ニーロが助演男優賞を受賞しました。「狼たちの午後」でも受賞はできなくて、17年後の「セント・オブ・ウーマン/夢の香り(1973)」でようやくオスカーを手にします。
最近「スカーフェイス(1984)」を見直したんですよ。アル・パチーノがヤクザ役でなかなか面白かったですよ。

あれは冷戦の時代でアメリカとソ連が対立している。ソ連はキューバと仲良くてアメリカはキューバ封鎖をする。キューバはアメリカに囚人たちをどんどん送り込みます。フロリダ湾からアメリカに密航させる。そこからキューバン・マフィアがアメリカに出てくるんだけど、その中のひとりが、スカーフェイス。

傷のある顔ですか。

アメリカに渡ったトニーがその世界でのし上がっていく。

麻薬ビジネスね。
アル・パチーノは昔、チンピラというか、ヤクザのイメージが強かったです。

多いね。マフィアの役ね。

Netflixの「アイリッシュマン(2019)」とか。

「ゴッドファーザー」は観たいなと思っているんです。
有名な作品は面白いんやろうなって。

ジョン・カザール

(対話月日:2023年12月21日)